重野美枝(JALアカデミー株式会社 日本語セクション コースデザイナー、
『新装版 ビジネスのための日本語』『新装版 商談のための日本語』共著者)

“会社は誰のもの?”

こうした議論がしきりに行われていたのは、ライブドアとフジテレビによるニッポン放送株争奪戦が世の中を騒がせていたころだったでしょうか。
白熱する議論に耳を傾けながら、当時、日本語コースのコーディネーターを務めていた私は、ふとこんなことを考えました。

 ・・・では“授業は一体誰のもの?”

実はこれこそまさに常日頃から私の頭を悩ませる問題でした。
というのも、研修プランを立てるにあたり、まず考えなければならない根本的な問題であるにもかかわらず、この設問に対する正しい解答を見つけ出すのは時として非常に困難であり、また、解答が見出せたとしても実践していくにはまた別の苦労があったからです。

もう少し具体的にお話しするために、まずは1つの授業もしくは1つの企業研修には、どのような人々が関わっているかということから考えてみたいと思います。
初めに思いつくのはどのような人々でしょうか?

私自身、コーディネーターという職に就く前は日本語教師でした。
授業の基本は「学習者中心」という考えが常にどこかにあったためか、まず「学習者」、次に「教師」、それから漠然と「学校の人」・・・と考えていたように思います。
しかし、立場が変わり、日本語研修を違う角度から眺めるようになると、そう単純なものでもないな・・・と少しずつ考え方が変わってきました。

例えば、語学学校が企業から研修依頼を受けた場合、学校側からは教師、営業や教務などのスタッフ、そして、企業側から学習者本人、直属の上司や人事担当者などが関係者となりえます。
もっと複雑であることも、また反対にもっと単純なケースもあります。
ただ、ここではよくあるケースとして上記を例にとって話を進めます。

さて、ここで「授業は誰のもの?」という話に戻します。
誤解を恐れずに言えば授業はけして学習者だけのものではありません。

先に見たように、1つの授業(研修)には複数の人々が関わり、誰もがこの授業(研修)にかけた時間と費用に対して最大限の効果を期待しているわけです。
つまり授業はこうした“関係者全員のもの”。

答えは意外と簡単だった・・・となるのでしょうか?

次に大切なのは関係者とその関係の度合いを正しく把握することです。
見落としや誤解があると、気づかぬうちにここで答えを誤ってしまいます。
ここにこの設問に対する解を見つける難しさがあります。
では、関係者を正しく把握したとして、次にすべきことは何でしょうか?

企業研修プランを立てる上で厄介なのは関係者間で授業(研修)に対する期待にズレがある場合です。
典型的な例は学習者本人と企業担当者間のズレですが、このズレを埋めることこそ、次に取り組むべき課題であると考えます。
例えば、基礎からゆっくり学びたい学習者と短期間でビジネス会話の習得を期待する企業担当者という対立があったとします。
この場合、まずは学習者の現在のレベルと研修の諸条件(到達目標・期間・時間数・予算)から期間中に「できること」と「できないこと」を見極める必要があります。
そして、両者の希望をうまく取り入れたかたちで「できること」を実施する計画を立て、「できないこと」に関しては、なぜできないのか全員が納得するまで話し合うことが大切だと思います。
授業はあくまで関係者全員のものなのですから。

私自身はコーディネーターという立場でこうした問題と日々格闘していました。先生方の中にも同じ問題に頭を悩ます方がいらっしゃるのではないでしょうか。

“授業は誰のもの?”

答えを見出し、実行するのはたやすいことではないようです。

【2008年6月18日掲載】

*この原稿はスリーエーネットワーク教材図書目録2007年度版からの転載です。
*原稿内容、筆者のご所属につきましては、掲載日の2008年6月18日当時になります。