東京三立学院 竹野藍

〇はじめに 
当校では、中級以降の聴解授業において、「メモが取れない」「聴解から発話につなげる能力の育成」の2点が課題としてありました。そこで、これらに対処する授業として『留学生のためのアカデミック・ジャパニーズ 聴解』シリーズを採用しました。

『中級』では課題の1点目に主眼をおいた授業を行い、『中上級』では課題の2点目に主眼をおき、シリーズを通して使用しました。

当校では、中上級レベルの学習者に以下のような活動を行っています。
・新聞の投書形式で作成した教材を素材とし、投稿した人物に合わせた助言や意見の書き方を学習者に考えさせる(例:小学6年生の男の子が投稿した学校生活の悩みに対する回答)
・実生活でのトラブルを想定し、どうコミュニケーションを取るべきかを考えさせる

進学後、自分の考えを述べる能力が求められることを考慮し、学習者自身に「伝える/伝わる」ことを意識させるためです。説得力を持った発言には、論理性が必要であり、要約力はその土台となる大切な力であることも話しています。

〇対象クラス
クラス(18名)の約半数が大学院進学希望者、うち6名が非漢字圏学習者という編成。メインテキストで中上級の読解教材を使っているレベル。

〇学習の準備
第1回目の授業で、「学習者向け 聴解Can-do」を確認し、『中級』にプラスした到達目標をクラスの共通認識としました。学習者に『中級』からの流れで、何を意識して授業に取り組むのかを考えさせてから授業に入りました。

学習者向け 聴解Can-do(p.86)

その他、『中級』使用時と同様に、以下のことを行いました。
・別冊スクリプトはテキスト配付時に取り外し、教師管理としました。
・付属CDはテキストと共に学生に配付し、あらかじめ聞いてくることも可としました。
・ページ下の「難しいことば」については意味を調べてくるよう指示しました。

〇1課の構成
【聞く前に】
 イラストと質問を使って、本文の内容を予想させ、聞く準備を行います。
【問題A】
 本文を2回聞いて、全体がつかめているかどうかの○×問題を行います。
【問題B】
 もう一度本文を聞いてから、細かい部分についての質問に答えます。
【問題C】
 要約文を書きます。重要部分を意識し、枝葉の部分を捨てる練習です。
【問題D】
 文章全体の構成を意識して捉えるために、表やノートの形で本文をまとめてあります。
 空欄になっているまとめのことばを考えます。
【話し合い】
 全体が理解できた後で、関連する内容についてのディスカッションを行います。

問題Cと問題Dの順序が『中級』とは逆になっていることにも注目させました。『中級』では、学習者は内容の構成表を参考に要約文を書いていたため、『中上級』では、自力で構成を組み立てることを確認しました。

〇授業の進め方(50分1コマ1課)

『中上級』では、音声を聞いてメモを取る際、日本語で書くこと、そしてキーワードとなりそうな言葉にマーキングをすることを提案しました。問題Bまでを20分ほどで行います。

その後は、内容により、2パターンの授業を展開しました。パターン①は、要約力をつけることを目的とした授業展開です。パターン②はアウトプットにつなげるための授業展開です。
パターン①では問題Cを書いた後、スクリプトを配付、確認し、問題Dを行いました。
パターン②では、スクリプトを配付し、読解を行った後、ディスカッションをしました。問題Dを確認後、問題Cは翌日までの宿題としました。
 
実際の授業では、第1課「掃除」、第3課「新幹線のおでこ」、第5課「そば屋ののれん」など、日本事情を扱っている課をパターン①で展開し、第2課「本屋」、第4課「体験プレゼント」など、学習者がより自分の意見をアウトプットしやすい内容の課はパターン②で展開しました。

目次

要約の評価ポイントは、キーワードの有無、構成に加え、『中上級』では、音声を聞いていない人が要約を読んだだけで内容を理解できるかどうか、つまり前述の「伝える/伝わる」ことを設定しました。
 
問題Dでは、進学後のレジュメ作成などで必要になる上位語や総称の語彙を適切に使えるようになることを意識しました。

シリーズを通して授業で使用する中で、学習者の主体的な学びの形が形成されていると感じました。
『中上級』のテキストが終わる頃には、要約時に、多くの学習者が接続詞や言い換えの言葉などを自発的に吟味し使い始めました。「伝える/伝わる」ためにどうすればいいのか、「受け手」を意識し始めた変化に驚きました。

最近は、携帯アプリなど学習者が個人で聴解を学習する環境が整ってきています。教師は、教材を使い、教室で活動することの意味を考えなくてはいけないと思っています。試験で正答にたどり着く、その力の先に進学があり、学習者が日本社会で様々な人とコミュニケーションを取りながら生活していく力が求められています。この教材は、試験対策の先にある、アカデミック・ジャパニーズにつながる深みのある教材だと感じました。