NPO法人日本ペルー共生協会 矢沢悦子

私は長年、主に留学生を対象に日本語教育に関わってきましたが、20年目にNPO法人日本ペルー共生協会(以下AJAPE(アハペ))から子どもに日本語を教えてみないかと誘われ、子どもたちの日本語指導に取り組むことになりました。

AJAPEは文部科学省の「定住外国人の子どもの就学支援事業(虹の架け橋事業)」に応募し、採択されて、2009年11月に神奈川県大和市で教室を開くことになりました。
「虹の架け橋事業」は外国につながりのある子どもたちへの日本語等の指導、学習習慣の確保、公立学校への円滑な転入を目的とし、2014年度末まで続けられました。ここでご紹介するのは、大和市の架け橋教室で小学生の日本語初期指導のために選んだテキストとその使い方です。

○虹の架け橋教室について
教室には、スペイン語、ポルトガル語、フィリピノ語、ベトナム語、中国語などを母語とし、来日したばかり、あるいは日本にいるけれど日本語ができない子どもたちがおり、母語と日本語で生活できるけれど学校での授業についていけず架け橋教室にやってくる子どもたちもいました。入室するときは、保護者と子どもとの面談、日本語のレベルチェックを行いました。子どもたちの日本語レベルはもちろん、架け橋教室への入室時期、一日の在室時間、通ってくる曜日、在室期間、退室時期はさまざまです。年度を追うにつれ、来日して間もない日本語ゼロの小学生が増えました。

指導スタッフは、日本語教師、日本語教師養成講座修了生、スペイン語や中国語と日本語のバイリンガル話者などで、子どもへの日本語指導は初めて、身近なのは文型積み上げ(構造シラバス)の指導法という人々でした。

教室は賃貸アパートの一室でした。机、椅子、ホワイトボードなどを入れて教室として使いました。時には一部屋にコーナーを3つ作り、それぞれのコーナーで授業を進めたこともありました。
 

○テキスト選び、「学習項目一覧」の作成
入室する子どもたち、指導スタッフ、教室のことがあらかた分かってからテキスト選びを始め、『こどものにほんご』と『絵でわかるかんたんかんじ』に決めました。選んだ理由は、子どもにとって学びやすい、読み書きにつながる、日本の行事や学校の習慣・様子が分かる、指導スタッフには教えやすいと考えたからです。『こどものにほんご』は、日本の公立小学校に転入した小学5年生のブラジル人の男の子が学校の行事を通して、日本の生活に慣れていくという設定で、構造シラバスを基本としています。『絵でわかるかんたんかんじ』には子どもの好きなクイズがあり、既習漢字の出てくる短文もあります。

子どもへの指導で注意したのは、日本語初期指導を小学校の教科学習につなげるようにすることでした。また、子どもの学習や言動で何か気になることがあった場合は、その子どもの学習履歴、入室するまでの生育の様子などをも考慮に入れ、スタッフ間で話し合うようにしていました。

上記のテキストには「指導の手引き」があり、授業の進め方は「指導の手引き」を参考に指導スタッフに一任していました。ほどなくスタッフ間の調整が必要なことが分かりました。『こどものにほんご』は、課によって新出語彙に多少があり、小学校低学年には難しい語彙や文型のある課もあります。指導スタッフによって、学習項目(ことば、文型・表現、表記)の取り扱いが違っていることが分かったのです。そこで、テキスト『こどもににほんご1』『〃2』の全課、巻末の「ことば」、各巻の「指導の手引き」を基に、課ごとに項目数を調整し、表記(ひらがな・カタカナ・漢字)学習やサバイバル日本語を入れた「学習項目一覧」を作成しました。

学習項目一覧
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この一覧は参考資料であり、子どもによって調整が必要です。入学前に来日し、1年生の4月から始める子どももいれば、高学年の2、3学期に来日し架け橋教室に通い始める子どももいるからです。日本語ゼロで始めた場合、子どもによっては『こどものにほんご1』から『こどものにほんご2』に進まず、国語の教科書を使って指導することもあります。高学年であっても低学年の国語教科書から始め、『こどものにほんご2』にあることばや文型をおさえて指導していくよう気をつけました。

漢字学習は小中学生、低高学年を問わず『絵でわかるかんたんかんじ 80』(小1の学習漢字)から始めました。『こどものにほんご1』6課で「じかんわり」が取り上げられており、教科名が新出語彙として出てきます。ここではひらがなでの導入ですが、学校の教科書が漢字で書かれている場合(例えば、東京書籍の小2の算数は表紙に「新しい算数」とある)は漢字もあわせ導入しました。「さんすう」と聞いて「算数」の教科書が取り出せるようにするためです。子どもの学齢にもよりますが、在籍校の漢字学習を考慮に入れながら進めていました。

○学習項目一覧と実際の授業
第1回目の授業の学習目標は「自己紹介ができる」「50音が言える」「自分の名前が読める/名前カードが選べる」です。サバイバル日本語として、1回目に身体部位と「トイレ」を、2回目に「痛い」「水、飲みたい」を教えます。全て日本語で指導します。ひらがな学習はなぞり練習をしながら「言える」から「読める」に移り、『こどものにほんご1』の3課が終わるまでに、読み書きができるようにします。それまでテキストは使わなくても学習項目としての文型は覚えていき、カタカナは分からなくてもバナナ、ジュースは絵や写真を見て言えるようになります。ひらがなが読めるようになったら国語や算数の教科書を音読させるようにしていました。初めての音読が終わって笑顔になった子どもたちの顔は印象的でした。

4課①では、新出語彙として「い形容詞」が多く出てきますが、4課まで進む前に、「あまい」「からい」を2課②に出てくる「さとう」「しお」と一緒に、「すっぱい」「おいしい」「おいしくない」は3課①に出てくる果物のところで、「あつい」「つめたい」は3課②の飲み物のところで出すよう、「学習項目一覧」に載せました。

学習項目一覧 4課の例
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例として4課①の「い形容詞」をどう教えていくかご紹介します。
机の上にレアリアがどっさりあると、子どもたちの目の輝きが違います。ハサミ、鉛筆、本、缶をそれぞれ2種用意します。「これは何(ですか)?」から始め、ハサミで「大きい」「小さい」を、鉛筆で「長い」「短い」を、本で「新しい」「古い」を、教えていきます。教室の中のものを「せんせい、あれ、おおきい」などと言えるように練習します。

練習しながらも子どもは「せんせい、これ、なに」と机上の缶に興味津々です。指導スタッフが自分の右手を出しながら、子どもに「右手を出して。こっちの手です。右手を出して」と言い、その手に缶を乗せます。次いで、「じゃ、左手。左手を出して」。もう一つの缶を乗せると、子どもは「?!」という顔になります。外観が同じ缶に中身で軽重をつけているからです。どちらを先にしても一様に「?!」という顔になっていました。

「よい/いい」「わるい」は、指導スタッフ自ら机の上に足をあげるなどして導入します。口頭練習のあと、テキストのイラストを見て、マス目のノートに「このやまは たかいです」など書かせるようにしていました。

この課だけではありませんが、指導するとき「今日分かって使えるようにならなくても明日がある、次回がある」と指導が詰め込みにならないように心がけ、「単語を覚えるだけでなく文で使えるようにする」ことを忘れないようにしていました。また、子どもによって、習得のペースに違いがあります。低学年の場合は、「桃太郎」のメロディーに「♪あいうえお、かきくけこ、…あかさたな、はまやらわ、ん」と50音をつけた歌を一緒に歌っていました。この歌でひらがなの読み書きが早く出来るようになった子どもがいる一方で、どうしても覚えられない子どももいました。そんな場合は、歌は無理強いせず他の方法を探しました。好きなアニメに出てくる女の子たちの名前をひらがなで覚えていった子ども、大好きな虫の名前でカタカナを覚えた子どもがいましたし、漢字学習が始まったころにやっとひらがなができるようになった子どももいました。焦らず、子どもの持っているものを探し伸ばしていくのが結局近道なのだと今では分かるようになりました。

テキストを使って指導する場合、教え始める前にどのようなテキストであれ、最初にある「はじめに」「まえがき」から巻末の索引まで読んでみておくと、学習者が学びやすく指導者が教えやすくなります。「テキスト分析」となると面倒に思えますが、『こどものにほんご』の場合、自分の時代と今の小学校の様子の類似点、相違点が見えてくる楽しみもあります。

おわりに
外国につながる子どもたちの日本語学習を、「子どもだからすぐ覚える」「日本(学校)にいれば出来るようになる」と考える人がいます。2,3ヶ月でペラペラしゃべる子どもを見て、こう考えるのも無理はありません。しかし、日常的な意志疎通で困ることがなくても、学校での教科学習を理解し、学習についていける日本語力はなかなか身につけられません。これまで出会った子どもたちの多くは、「自信を持つ」、「日本語で自分の気持ちを伝える」、「授業を理解した上で次の学年に進む」ことがなかなか難しいようでした。

一人でも多くの人が、外国につながる子どもたちに目を向け、子ども一人ひとりが自立できるように指導、支援する、隣人として見守る、そんな社会を願っています。