東京学芸大学留学生センター 特任准教授 伊能 裕晃

日本語能力試験のN3に合格するためには、どのように語彙を学んでいかなければならないのでしょうか。
ここでは、『新完全マスター語彙 日本語能力試験N3』を使った語彙指導のアイデアを「例文を作る」「学習者の母語を知る」「多様な練習を用意する」「実践的な練習を行う」の4つに分けてご紹介したいと思います。

1 例文を作る
文型を教える際と同様に、語彙を教える際にも例文は重要なものです。
自然で汎用性の高い例文は、語の意味や使い方を正しく理解する上で大変役に立ちます。
本書では、自然で汎用性の高い例文を作るために、インターネット上のコーパスを利用しています。

コーパスというのは、大規模な言語データーベースのことで、これを利用すれば、調べたい語について、組み合せて使う助詞は何なのか、他にどんな語が一緒に使われるのか、どんな文脈で使われるかなどがわかり、例文を作る際に必要となる情報が得られます。

例えば、「不満」という語を教えようと思ったとき、「不満を(  )」の(  )には、どんな言葉を入れて、例文を作ればいいでしょうか。
(  )に入るのは「言う」でしょうか、それとも、「聞く」でしょうか。

インターネット上のコーパスの一つに、国立国語研究所が中心になって作られたNINJAL(ニンジャル)という、初心者の方にも使いやすいサイトがあります。
このサイトを利用して、「不満」と一緒に使われるN3レベル以下の語を調べて見ると、最も使用頻度が高いのは、「持つ」で、2位は「感じる」となり、「言う」「聞く」といった語はこれらより下の順位になります。
つまり、日本語で「不満」という言葉を使って、文を作ろうとする場合、最も一般的に使われる語は、「持つ」や「感じる」だということになります。

日本語能力試験では、語彙の問題文の作成時にコーパスを利用していると言われています。
例文作りの際に、コーパスを利用しておくと、試験の際にも類似の問題文が出題され、受験生にとって、有利な状況になることも考えられます。
新たな語を導入する際には、ぜひコーパスを使って、複数の例文を作り、ご提示いただければと思います。

2 学習者の母語を知る
本書の語彙リストには、英語と中国語の翻訳がついています。
授業の準備の際に、特にご確認いただきたいのは、この翻訳です。例えば、本書において、「むく」という動詞の中国語の翻訳は、「削」となっていますが、さらに、この「削」を中日辞典で調べて見ると、「(刃物を使用して)削る」という語釈が出てきます。

中国語の「削」は、「(リンゴの皮をむく)」のように使われる一方で、「(鉛筆を削る)」のような意味用法をもっているのです。このように中国語の「削」と日本語の「むく」とは意味範囲がズレますので、注意が必要です。

翻訳は、語の意味を理解する上で大変役に立つものですが、翻訳だけでは正しい理解が得られない場合があります。
こうした問題に対処するために、私は、よく「辞書を二度引く」ということをしています。

例えば、中国語でしたら、日中辞典をまず調べ、次に、中日辞典を調べます。
こうすることで、ある語について、意味のズレはもちろん、「中国語では形容詞だが日本語では名詞」、「日本語では他動詞だけだが、中国語では自他両方で使われる」などといったこともわかり、非常に簡易な「対照言語研究」を行うことができます。

実は、日本語能力試験では、翻訳を覚えただけではわからない、この意味や使い方のズレがしばしば問われます。
中国語に限らず、学習者の母語に合わせて、「辞書を二度引いて」いただくと、教えるべきポイントがわかってくるのではないかと思います。

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3 多様な練習を用意する
(1)フランスの大統領が日本(  )訪問した。
(2)知らない人と話すと、緊張(して になって)、うまく話せなくなる。
(3)彼は、警察官になるための訓練を(受けて 聞いて もらって)いる。

上の例は本書の問題の一部ですが、それぞれ、助詞、用法、一緒に使う言葉(連語)など、語の性質を理解できるよう、個々の語の特徴に焦点を当てた練習問題となっています。
本書には、これ以外にも多種多様な問題があり、様々な角度から語の性質を学ぶことができるようなっています。

また、本書は、収録語数が1024語、収録問題数が1392問となっており、類書に比べ、圧倒的に問題数の多い教材だと自負しているのですが、それでも、1語につき1、2問しか練習問題がないわけですから、さらに問題があれば、望ましいことは言うまでもありません。

一つ一つの問題を作るのは、日本語教師の方であれば、それほど難しいことではないと思います。
コーパスで調べたこと、辞書を二度引いてわかったことなどを元に問題を補っていただければ、より正確に語の性質を学習者に伝えることができるようになるのではないでしょうか。

4 実践的な練習を行う
本書は、語彙を話題別に学習できる第1部と、副詞、オノマトペ、語形成など、語を性質別に学習できる第2部からなっています。
第1部では4、5課ごとに模擬試験形式の問題があり、ある程度学習を進めた後に語彙の定着確認を行います。
第2部では、模擬試験形式の問題「実力を試そう」が1課ごとについており、練習問題の後、すぐに、実践的な練習ができるようになっています。

この他に、第1部では1課ごとに1回、長い文章の中で、語をどう使うか学ぶための、語の穴埋め問題がついています。
問題文は数百字の長さなのですが、そのトピックは、「日記」「自分の町の紹介文」「料理の作り方」など多岐にわたっていて、学生の作文の見本にもなるよう、問題文が作られています。
試験対策の授業ではなかなか時間を取るのが難しいかもしれませんが、問題文を参考に、作文という形で、学んだ語を使って、自分のことを表現させてみてください。
作文を書かせることで、語を文脈の中で使う練習、また、語を使って、実際に自己表現をする練習ができるのではないかと思います。

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