東京国際文化教育学院 副主任 神部秀夫

■システムとして整った最良の日本語教科書
まず本稿を述べるにあたっての私の立場、視点といったものからお話ししたいと思います。私は日振協認定の中規模の日本語学校に勤務する日本語教師です。1日4時間、週5日の計20時間授業を担当しています。つまり現場の目、「みんなの日本語」を使う者の立場から、実際にどう使えば効果的なのかを具体的に述べていきたいと思います。
「みんなの日本語」が使いやすい、使っていて便利だと思うのは、一言でいえば、システムとして整っているからだといえます。「本冊」を軸に各国語の「翻訳・文法解説」「会話DVD」「CD」などの周辺教材が充実していて、それを「本冊」と連動させれば、学習効果を高めることができます。

■意図的に教科書を閉じて口頭練習する時間を作ろう
皆さんが教えるとき、学習者の教科書はどのような状態でしょうか。「机の上に置いてあって、今習っている課のページを開いているに決まっているでしょう」という答えが返ってくるかと思いますが、ちょっと待ってください。教師の質問に対して、学習者は開いたままの教科書をちらちら見ながら、あるいは見たままで教科書に書いてある文と同じ文を言っているだけということはないでしょうか。そういう状態でのやりとりの積み重ねで、教室から一歩外へ出たとき、実際に役に立つでしょうか。実際のコミュニケーションの場面を考えてみると、文字を使って意思疎通を図るより、音声のみを媒介として会話することのほうが圧倒的に多いと思われます。
ですから本を閉じることで実際の会話に近い状況を作ってほしいのです。誤解しないでください。教科書をずっと閉じていなければならないというのではありません。教科書を見て練習するときと、見ないで練習するときとを目的によってきちんと使い分けましょうということです。

■教科書を閉じることで顔が上がって聞き取りの集中力も高まる
では、いつ閉じるかですが、教科書を閉じる目的は、文字に頼らずどれだけ話せるかを確認するためです。例えば、新出文型や語彙などを導入したあとで「練習A、B」を使って、きっちり練習します。そして「じゃあ、今度は自分たちの文を作りましょう。自分たちのことを話しましょう」と促して教科書を閉じさせるのです。教科書を全く見ずに習ったばかりの文型や語彙が正しく言えるかどうかをチェックするのが目的です。
ずっと教科書を開いたままの方は、一度ぜひ試してみてください。顔が上がる、教師の発話をよく聞こうとする、その結果集中する、という変化が見られ、それが学習効果のアップにつながるはずです。

本を開いて文字情報で文型・語彙を確かめます。音読することで音声と文字が一致するか、活用の形などを確認していきます。 文字に頼らず練習する時間を作ります。顔が上がって教師の顔をよく見るようになり、よく聞こうとしますから、集中力も高まります。

■提示する例文は学習者の生活背景に合ったものを
’自分たちの文をつくりましょう’という活動をする教師は多いと思いますが、それは、導入でも練習でも、今目の前にいる学習者にとって一番身近で分かりやすい事柄や出来事を基に例文を提示するのが大切だからです。そして実はここが教師の腕の見せ所といえます。教科書に提示されている例文は標準的、一般的なものですから、だれに対してもあてはまって使えるものです。それを利用するのもいいのですが、できれば一歩進んであなたの学習者にぴったりの例文を準備して授業に臨んでいただきたいと思います。
例えば、1月23日は旧正月、春節の日でした。中国、韓国、東南アジアの人たちにとっては大変大きな行事です。楽しい時間を過ごしたことでしょう。そしてその習慣は私たち日本人にはありません。そうした状況を踏まえて例文を考えておいて提示するのです。
学習者からすれば、「こういう文が言いたかった」「先生は私たちの生活を理解しようとしている」「もっと自分たちのことを知ってもらいたい」という気持ちになるはずです。それが学習意欲や効果に良い影響を与えることは言うまでもありません。こうした例文提示をぜひ毎回の授業で行っていただきたいと思います。

学習者の生活背景を生かす例として19課をとりあげました。
例えば19課では春節を使って次のような学習者の生活背景を生かす例文を提示することができます。

◇学習者;中国、韓国、タイ、ベトナムなど

■19課 「~たり~たり」を練習する(例)
教 師:先週は春節でしたね。何をしましたか。
学習者:餃子を作りました。中国のお正月のテレビを見ました。
    ゲームをしました。友達とおしゃべりしました。
教 師:いろいろしましたね。
    友達を餃子を作ったり、ゲームをしたりしました。
(板書して「~たり~たり」を意識させる)

この後、いろいろな学生に春節のこと聞いてみて練習します。
そしてその課(19課)の文型だけでなく既習の文型や語彙も取り入れて練習していきます。

★(例)餃子を話題に既習文型を使って練習する。
教 師:Aさんは、餃子を作ることができますか。(18課)
学習者:はい、できます。母に習いました。(6課)
教 師:中国では春節にみなさんが餃子を作らなければなりませんか。(17課)
学習者:いいえ、作らなくてもいいです。店で買ってもいいです。(17課)
教 師:私は餃子を作ることができません。
    Cさん、餃子の作り方を教えてください。(14課)

■集中させること、話したいと思わせる工夫を常に怠らない
今回は教科書活用について二つのことを述べました。一つは教科書を閉じる時間を作ること、それは集中力を高めることに必ずつながります。もう一つは学習者の生活背景に合った例文を提示すること、それは話したいという意欲を確実に高めます。参考になれば幸いです。