清風情報工科学院 日本語科教務主任 神部秀夫

「『みんなの日本語初級 翻訳・文法解説(以下、翻訳文法)』のすすめ」について述べる前に、まず翻訳文法を使うかどうかの問題があります。
学校や教師によっては、初級のうちは翻訳書を与えず日本語だけで文法を教えていくという考えを実践しています。
そうした学校・教師は、翻訳文法を、特に初級で使うことの問題点として次のことを考えているようです。

●翻訳に頼り過ぎて母語で考える癖が抜けない
●授業中に翻訳文法を見ていて教師の話を聞かない
●中級では、翻訳文法がない。初級のとき翻訳文法でずっと勉強していると、中級に入ってから大きなとまどいを感じるのではないか
●教師も翻訳文法に頼ってしまい教授技術がアップしない
などです。

一方、翻訳文法を使用することの利点は以下の通りです。
●母語での説明だから理解が早い
●日本語による文法説明では伝えられない微妙なところを母語なら補える
●翻訳文法を持つことで学生は安心感が得られる
などです。

私が翻訳文法を与えたほうがよいと考える何よりの理由は、それが勉強の拠り所となるからです。
授業中は教師がいるからいいです。翻訳文法などはいらないでしょう(いらないはずです)。

しかし自宅で勉強するときは翻訳文法がなければ復習ができないのではないでしょうか。
もし風邪などで欠席したら教師の説明を受けることはできません。
また教師間には力量の差があって、学習者の既習語彙だけで文法を説明できる教師もいますが、そうではない教師もいます。
それを補うのが翻訳文法なのです。

語彙だけ翻訳を与えることもあるようですが、それには弊害があります。
学習者が語彙の対訳ばかり見て、文法への意識が芽生えないからです。
語彙だけは翻訳で、文法は日本語で教えるからよいと考えているのかもしれませんが、実際は彼らの意識は語彙の対訳に集中しています。
なぜならだれでも母語による説明があればそちらに目を向けるのが自然だからです。

以上、まとめていえば、翻訳文法を持たせるのは、学習者の勉強の拠り所になること、日本語だけで文法を理解させるのには無理があること、語彙だけ翻訳文法で与えても文法への意識は育たないこと、などです。

では実際に翻訳文法をどう使えばよいのでしょうか。

強調したいのは、翻訳文法と教科書とを対照しながら見る習慣を学生に身につけさせることです。
学校であれば入学時にオリエンテーションの一部として組み込んだほうがいいです。
具体的には、翻訳の説明箇所が練習Aのどこに相当するかを指し示すことです。
ただ口頭で説明するのではなく実際に二冊の本を広げて指差して見せることです。
実はせっかく翻訳文法を与えてもらっても、学生はその見方、使い方がさっとは分からないものです。
日本人が文法書や単語帳をうまく使いながら学習する姿をイメージしないほうがいいです。
また授業中に翻訳文法を見てばかりいて困るというのは、見るとき、見ないときのメリハリをつけることで解決できます。

例えば、今から第4課を教えるからその課の説明箇所を見させます。
そして翻訳文法は閉じさせて授業を始めるのです。
授業前の5分間で見ておく、休み時間に見ておく、しかし授業中は見ない、などのルールを作っておいてもよいと思います。

とはいっても、翻訳文法に頼り切るつもりはありません。
【習慣】の「~ます」と【未来】の「~ます」との区別がつかない学生がいたら、
①該当ページを指ししめす

②黙読させる

③本を閉じさせる

④理解できたかどうかを日本語だけの口頭による問答で確認していく

⑤仕上げとして「書かせてみる」
のです。

文法のことばかり述べてきましたが、語彙についても翻訳文法は役に立ちます。
表1は翻訳文法をもとに各課の新出語彙を品詞別にまとめたものです。
学生には主な品詞として名詞、イ形容詞、ナ形容詞、動詞などがあることを教えます。
そして授業中に翻訳文法の語彙の部分を音読して教師が品詞を言っていきます。それを表にまとめてくるのを宿題にします。

これらの作業は時間がかかりますが、形容詞には2種類あること、新出の動詞はどのグループかなどの意識づけができてきます。
特に初級のはじめでは疑問詞が多数出てきますが、その整理には大いに役に立ちます。
実はこの表はもともと教師が教案の作成のための資料として作っているものです。
教師はこれを基に既習、未習の語彙を区別していくはずです。
学生もこれを作っていくことで教師と同じように「積み上げ方式」で語彙がどれだけ増えたかなどが実感できると思います。

最後に、翻訳文法は与えることの問題点を危惧するより有効な使い方を考える方が実際的であることをもう一度強調しておきます。

【2008年4月24日掲載】
*この原稿はスリーエーネットワーク教材図書目録2007年度版からの転載です。
*原稿内容、筆者のご所属につきましては、転載年当時になります。