城東日本語学校 教務 五十嵐雪子
○はじめに
当校では、7月から12月上旬までの夏休みを除いた、実質4カ月足らずで日本語能力試験N1対策を行なっています。また、多くの学生が大学進学を目標としているので、日本留学試験の対策などと並行して日本語能力試験対策の授業を行っています。
学習期間、時間ともに短いので、『新完全マスター文法日本語能力試験N1』(以下、本書)を使った授業は、週2回(1回は45分×2コマ)に限られ、試験までに本書を1冊終わらせることはできません。
限られた時間の中で学生たちを合格に導くには、本試験での4択の中から正解を選ぶという試験のテクニック的な学習も避けては通れません。また、能力試験N1では、N2の文法知識も問われ、N2+N1の学習なくしての得点は難しいです。このような現実を踏まえ、当校では本書の「実力養成編・第一部」の「文の文法1」の学習に力を入れています。
○「文の文法1」の授業時間、短い時間で効率よく
当校では、本書「文の文法1」の1課を1回(45分×2コマ)で行い、1週間で2課のペースで進みます。例文を読み、接続を確認し、問題を解くだけであれば、本書にある目安時間とあまり変わりなく進められるのですが、本書で扱っている各文法形式(学習項目)の復習や、第3部「文章の文法」の内容についても意識した授業を行うことを考えると、学生たちからすれば、まさに息をつく暇もないような授業になります。
本書の構成は大きくは「文の文法1」「文の文法2」「文章の文法」の3部に分かれていますが「文の文法1」を着実に学習していくことで、「文章の文法」にも対応できる実力をつけ、また効率よく時間を使うことができます。
この「文章の文法」とは、新形式の日本語能力試験で新しく「言語知識(文法)」の領域に加えられたものです。これは、短文中の空欄に当てはまるものを選ぶ形式の問題で、「読解」領域の問題ではないので、各文法形式の特徴を理解し、文脈上正しい文法が判断できさえすれば得点できるような問題も多くあります。
○1課「時間関係」で受験への意識付けをする
N1受験を考えるような上級クラスになると、日常会話での意思疎通には困らなくなってきたような学生が多くなります。しかし、正確な文法を覚えなくては、N1には合格できません。本書は第1課「ことがらを説明する 時間関係」という内容から始まります。この課で扱う文法形式は、正確に理解し、覚えなければ試験で間違える可能性の高いものです。N1受験の学習に向かうにあたっての意識付けという面でも、始まりの課としてとても良いと思います。
さて、具体例です。まず、〔復習〕の「~たとたん」と「~かと思うと」を読みます。
本書P8上 「復習」
そして、どちらも接続は動詞のタ形であることを確認します。その後、教師が「テレビを見たとたん、壊れました」のような間違えた文を提出し、学生が「見た→つけた」に訂正できるかを確認します。
次に T.「彼はさっき勉強を始めたかと思うと、難しいです」S.「難しいです→もう寝ています。」などができるかを確認します。この作業で、上記「~たとたん」「~かと思うと」は、瞬間的なことを表す動詞につき、後ろは少し意外感のある事実が来ることを確認します。
さらに T.「駅に着いたとたん、電話してください。」S.「駅に着き次第、電話してください」などで話者の希望・意向、働きかけの文は来ないことも復習します。
これらの特徴は、1「~が早いか」2「~や否や」にも共通しているので、〔復習〕を利用してきちんと確認しておけば、授業をスムーズに進めることができます。ここで、私が注意しているのは、学生から質問が出ない限り、これらの文法形式については、用法の差に言及しないということです。「~が早いか」と「~や否や」にも、後ろに状態発生の文が使えるかなど、日本語教師であれば興味深く、私自身、文法書などで学ぶことの多い課ですが、限られた時間の中では、試験で問われるような、確実に誤用となる差を教師側が選んで伝えるべきだと思うからです。
この考えに立って1課を見ると、まず、接続が重要になります。
本書P10 練習問題1
上記の1番は( )の後ろが「が早いか」なので、辞書形のb「見る」が正解です。この「~が早いか」は次に出てくる、2番の「~や否や」には置き換え可能ですが、「~たとたん」にはできません。あまりにも当然であるため、軽視しがちですが、問題を解くうえでは重要なことです。本書では1課の最初にこれを強く意識できる作りになっていると思います。また、3番の問題のように、接続がわかっていても用法を理解していなければ解くことが出来ないような問題も多くあります。ただ答えを伝えるだけでなく、他の選択肢や似た表現がどうして間違いなのかを確認することで、繰り返し復習し、知識をより正確なものにしていくことができます。
復習がきちんとできていれば、1・2の文型はすんなり終わるはずです。3の「~なり」も例文の意味はすぐに理解できると思います。
ただし、本書の「文法的性質などの解説」にあるように、「~なり」の主語はふつう三人称で、前後の主語が同じであるという特徴があります。
本書P8 3「~なり」
この点を確認し、問題を解いたうえで、本書の第3部「文章の文法」の3~6課の「視点を動かさない手段」を意識した例文作成をすることができます。
例えば、教師が「Sさんはうちに帰る」「母がSさんに庭の掃除をさせる」という2つの文を提示し、これをクラスの学生に「~なり」でつなげさせます。このとき、後ろの文の主語はSさんで一致させなければならないことに注意をむけさせます。すると「Sさんはうちに帰るなり、母に庭の掃除をさせられた。」という使役受け身の文を作るようになります。(「頼んだ」「頼まれた」の置き換えもできます。)また、「先生が教室に入ります」「私は先生に叱られました。」を提出すれば「先生は教室に入ってくるなり、私を叱りました。」というように話者がどこにいるのかを意識した表現や、迷惑受身を能動態に直すことを意識することもできます。
このように、各文法形式の接続ルールや、文全体が持つ意味の違い、主語の一致などに気を配り、復習や短文作成として導入していけば、本書の第一部しか授業できなくでも、十分、文章の文法問題にも対応できるのではないかと思います。
今回ご紹介した例は、あくまでも短時間でN1合格を目指す試験対策としての1面ですが、本書ではまず「文の文法1」を試験対策として学習し、試験後に「文章の文法」利用して復習しながら、より自然な日本語会話や作文などを目指した学習につなげることができると思います。