講師紹介 筒井千絵 フェリス女学院大学講師 『ここが大切文章表現のルール』著者

Q:テキストを使った後(または使いながら)、実際に学習者に作文を書かせた場合、授業はどのように組み立てればいいでしょうか。

A:
テキストでは学習者に多い間違いを各課で集中的に練習できるよう、多くの問題を用意しましたが、それだけで完全に正しい文章が書けるようになるわけではありません。
実際に文章を書きながら、そのつど学習者の気づきを促し、少しずつ自身でモニターを働かせていけるようにすることが必要です。

学習者の気づきを促すためには、間違いを教師が指摘するより、学習者が自分で間違いに気づき、訂正する機会を設けるほうが効果的です。
たとえば、学習者の誤用のうち、クラス全体で共有したほうがよいものをとりあげ、クラス全員で推敲に取り組むというのも一つの方法です。
(ただし、自分の間違いが公開されることに抵抗がある学習者もいるため、授業のやり方については前もって目的を説明した上、学習者の了解を得ておくことが必要です。)

以下は、「名前と文化」というテーマで作文を書いた際の、学習者の誤用を項目別に分類したものです。
学習者が整理しやすいように、ターゲット部分以外の誤用は訂正したり文章を簡略化したりしています。

また、文脈から切り出しても他の学習者がわかるように適宜説明も補います。
どの誤用を取り上げるかは、授業の目的や学習者のレベルに応じて選択するとよいでしょう。
特に間違いが多いものや、学習者が訂正に苦戦する場合には、該当するテキストの課を参照させたり、類似の問題を作成したりして再度取り組ませるとよいと思います。⇒以下、間違いの種類と参考課を挙げておきます。

表記
①ファストネームは音の好みで選ぶ場合は、ミッドルネームは親類や聖人の名前をつける。
②名前と言う物も文化の一つだ。

⇒①はカタカナ表記の間違い(第8課「カタカナの使い方」参照)、
②は誤用とは言えないが、ひらがなで書いたほうがいいと思われるもの
(第6課「ひらがなと漢字のバランス」)

語彙
①中国で多い人はこの名字を持っています。
②確かに人の名前がその人に対するイメージを形成することは否認できない
③子どもに名前をつけるとき、親は自分の期待を入れる。

⇒①は「多い+[名詞]」の間違い(第2課「言葉の形の使い分け」)、
②「否認」
③「期待を入れる」は類義表現の選択やコロケーションの問題(第11課「辞書の危険性」)

助詞
①両親は女の子をほしかったから、女の子の名前だけ考えていた。
②母親は妊娠した時、医者はこう言った。「男の子ができましたよ、おめでとうございます」。
③両親はどうして私にこの名前をつけたをよくわかりません。

⇒①は述語による助詞の使い方、
②は主節・従属節のなかの「は」「が」の使い分け(第1課「助詞の使い方」)、
③は、②に加えて、疑問詞との呼応(第4課「呼応」)

動詞・形容詞の形
①現在は、以前より宗教を大切と思っている。
②昔は、英語の名字は職業と関係がある。
③子どもが生まれるとき、父親の名字をつけるのがふつうだ。
④女性の地位を高めるとともに、女の子は男の子と同じように重要視されている。

⇒①は「と」に接続する形、
②はテンス、
③はアスペクトの間違い(第2課「言葉の形の使い分け」、
④は自他動詞の使い分けの間違い(第3課「自動詞・他動詞・受身」)

呼応
①私の国に多いのは、子どもが親から名前をもらうということもある。
②人口が増えるにしたがって、同じ名前を持つ人がたくさんいる。
③私は日本人のようなニックネームを持っている。なぜなら、私は子どものとき日本人学校に通っていた。

⇒①は「~のは~ことだ」
②は「~にしたがって~(変化)」、
③は「なぜなら~からだ」という呼応に関する間違い(第4課「呼応」)

話し言葉
①この名前はちょっと発音が日本人みたいだけど、本当はインドネシア人の名だ。
②私の名前は、生まれたときすごい人気があった。でも、私はこの名前があまり好きじゃない。
③中国の男性の名前にはいろんな名前があるが、力強いイメージの名前とか、立派な人間になってほしいという意味の名前とかが多い。

⇒話し言葉的な表現が使われているために不自然になっている(第10課「書き言葉らしさ」)

接続
①世界中の人はみな名前がある。名前のつけ方は国によって違う。
②私のオーリガという名前は意味があって、残念ながら覚えていない。
③私の国には同じ名前の人がたくさんいる。そして、友達は私のニックネームを呼ぶ。

⇒①は「しかし」などの逆接の接続表現がないため、
②は「あるが」
③は「そのため」など適切な接続表現が用いられていないために読みにくくなっている
(第15課「接続詞と文章の構成」)

説明不足
①最近の韓国での命名の特徴としては、パッチムがない読みやすいハングルを使う例が多く見られる。
②中国では、兄弟で、名前の最初の字が同じで、最後の一文字が違う場合が多い。
③共働きの家族が増えるにつれ、女性はさまざまな職場で活躍するようになった。そのため、名字で仕事や学術研究など様々な方面でトラブルが生じている。

⇒必要な説明が不足しているためにわかりにくくなっている。
①・②は背景知識が必要なため、読み手である教師や他の学習者にも理解できる説明が必要である。
②は例があると格段にわかりやすくなる。
③は「日本では結婚すると女性が名字を変えることが多い」という説明が抜けているため、論理展開がわかりにくくなっている。(第16課「読み手への配慮」)

上のような練習を繰り返すうちに、学習者は自分の間違いに対しても他の学習者の間違いに対しても積極的に意見を述べるようになり、文章を書く際に間違いやすい点について意識化するようになっていきます。

学習者同士で文章を検討する方法は、「説明不足」については特に有効です。「これはどういう意味?」「たとえば?」などのコメントを他の学習者からもらうことによって、読み手にとって「どこがわかりにくいのか」「どんな説明が必要なのか」に気付くことができるからです。
他の学習者とのやりとりを通して、学習者は読み手の視点に立って、何をどのように説明すれば伝わるのかを考えながら書くようになっていくのです。