東京HOPE日本語国際学院 教務主任 渡邊一彦
教科書選定にあたっては内容や学習項目の検討もさることながら、その教科書が作成された背景、目的などを何よりも理解しなければならないでしょう。
『みんなの日本語中級Ⅰ』は、「多様な学習者の背景やニーズにも柔軟に対応できるよう」、「〔話す・聞く〕(会話)〔読む・書く〕(読み物)の2本の柱を立て」て編纂された教科書であり、「既習の知識能力を活性化し、さらに新しい言語知識を積み上げ、〔話す・聞く〕〔読む・書く〕の課題を遂行して、実践的な運用力を育」み、「学習者が自立的に学ぶ力を身につけることを目指」しています。
『教え方の手引き』にもあるように教科書通りに沿った進め方も可能ですが、日本留学試験(以下、EJU)と日本語能力試験(以下、JLPT)の受験希望者が混在する当校においては、「学習内容の選択・調整」が明確である点を生かし、〔話す・聞く〕能力の育成を主な目的として第3学期目もしくは第4学期目(1学期3か月間200時間)に授業前半2時限(100時間)を本書の学習にあて、後半はJLPT対策を行い、同時にEJU対策としても本書を活用していくこととしています。
EJU対策では、出題形式に慣れるという意味で模擬試験として過去問題等は行いますが、「読解、聴解、聴読解領域」において問われる能力は①直接的理解能力②関係理解能力③情報活用能力であり、これらは日々の学習のなかで「自立的に学ぶ力を身につけ」「実践的な運用力」を培っていくなかで涵養していくものだろうと考えています。
『みんなの日本語中級Ⅰ』で〔文法・練習〕を基盤に、言語機能で分類された〔話す・聞く〕課題、読み方の技術とストラテジーが明示されている〔読む・書く〕課題を遂行していくことが、文章や談話の正確な理解に加え情報の重要度の判別や比較、さらにはそれらを活用した解釈能力が求められるEJUの対策となります。
本書の活用例として以下のような応用・発展練習が考えられます。
〔話す・聞く〕〈2.聞いてみましょう〉→EJU「聴解問題」対策
第3課〔話す・聞く〕〈2.聞いてみましょう〉設問1)②で以下のような答えの選択肢を与えます。
『みんなの日本語中級Ⅰ 本冊』より(画像をクリックすると付属CDの音声が流れます)
追加した選択肢①
1 会えます。イーさんは1時30分に行きますから。 2 会えます。午後6時に行きますから。 3 会えません。イーさんは行くことができませんから。 4 会えません。先生の都合が悪いですから。 |
あるいは以下のような設問を新たに与えます。
追加した選択肢②
イーさんは今日これからどうしますか。
1 午後6時ごろ森先生の研究室へ行く |
〔話す・聞く〕のシラバスである「交渉会話」という機能を用いて、答えの選択肢を追加することにより、EJUで問われる「文章・談話の内容を踏まえ、その結果や帰結などを導き出す」練習とすることができます。
出題形式に沿い四択としましたが、〔話す・聞く〕能力の育成という目的に鑑みれば学習者自らのことばで表現できればなおよいと思います。
『みんなの日本語中級Ⅰ 本冊』より
〔読む・書く〕〈3.読みましょう〉→EJU「聴読解問題」対策
第6課〔読む・書く〕〈3.読みましょう〉は「メンタルトレーニング」について図を用いて解説した読み物です。
この図の、矢印の向きや人物の位置、「過去」「現在」「未来」という文字を置き換えた図を作成して答えの選択肢として提示し、CDを聞きながら選択させます。
本書の読み物は音声がCDに収録されているとともにさまざまな図表が用いられていますので、音声と文字、図表などを組み合わせた練習が可能です。
音声情報と視覚情報との関係理解や比較・対照能力、さらにはそれらを組み合わせた論理的な解釈能力が問われる聴読解問題の対策となります。
〔読む・書く〕〈5.チャレンジしましょう〉→EJU「記述問題」対策
第9課〔読む・書く〕〈5.チャレンジしましょう〉設問1)を以下のように設問内容を変えます。
『みんなの日本語中級Ⅰ 本冊』より
内容を変えた設問
現在、日本では、若者は友人同士だけで個室を利用してカラオケを楽しむことが多いです。 あなたの知っている国や地域におけるカラオケの利用方法について、日本との共通点、相違点は何ですか。例を挙げながら説明してください。 |
〔読む・書く〕は読解のためのストラテジーを学ぶとともに「まとまった談話構造に基づく文章」を書いて発表できることを目標としています。
意見発表を主とした〈5.チャレンジしましょう〉は理由や具体例を挙げ論理的に自分の意見を述べる練習であり、口頭で練習したあとで文章作成を行い「記述問題」対策とすると効果的です。
EJU対策の前提として「自立的に学ぶ力を身につけ」「実践的な運用力」を養成するために、「読み物」に関する導入活動である〈1.考えてみましょう〉は、〔話す・聞く〕ことに重点をおいたカリキュラムにおいても活用していきたい部分です。
本書ではこうした用い方をも想定し、〔話す・聞く〕活動と〔読む・書く〕活動の連携に配慮して体系的に開発されています。
〔読む・書く〕〈1.考えてみましょう〉→〔話す・聞く〕応用練習
第12課〔読む・書く〕〈1.考えてみましょう〉設問1)では、「日本の生活の中で『うるさい』と感じたこと」が話題となっていますので、学習者からは「隣家の物音」などが挙げられるかもしれません。
『みんなの日本語中級Ⅰ 本冊』より
第12課〔話す・聞く〕で「苦情を言われて謝る」「事情を説明する」ことは表現できるようになっているはずですが、ここでは苦情を言う側に立場を変えた練習ができます。第1課〔話す・聞く〕で学んだ「あのう実はお願いがあるんですが」「~ていただけないでしょうか」「何とかお願いできないでしょうか」(教科書活用講座⑩ 第1回を参照)など「頼みにくいことを丁寧に頼む」表現を応用させます。
隣の山田です。
あのう、実はテレビの音なんですが。 今受験勉強をしているものですから。 すみません。お願いします。 ☆ 第1課で学習・ 第12課で学習 |
どの項目をどのように〔話す・聞く〕練習に応用していくのか、あるいはEJU対策として活用していくのかは、さまざま試みている段階であり教師個人の発想によるところが多いのが当校の現状ではあります。
医療をテーマにしたテレビドラマで「名医に寄りかかる医療はよくない。その医師がいなくなれば助けられない患者を生んでしまう」という旨の台詞がありました。
もちろん自分自身を名教師だというつもりではなく(むしろ迷教師です)、教師一人のアイデアだけに頼った授業に限界があるのは間違いありません。
教師個人や一学校の自己満足で終わらぬよう活用法についての検証は欠かせません。多方面で本書が活用されることを期待しています。