東京HOPE日本語国際学院 教務主任 渡邊一彦

「マイク・ミラーさんとは?」

『みんなの日本語初級』は多くの日本語学校、日本語学習者に用いられており教師にとっても馴染み深い教科書です。日本語学校の教師としてはこの教科書を用いて学習者の日本語能力を向上させることを目的としているわけですが、登場人物の「マイク・ミラーさん」自身も日本語学習者の一人であり、『みんなの日本語初級』はミラーさんの日本語学習の物語としての側面も持ち合わせています。

以下『初級Ⅰ』『初級Ⅱ』それぞれ第2版に準拠してお話ししたいと思います。

ミラーさんには大きな夢があります。
それは「アフリカへ行くこと」(50課)です。「動物が好き」(50課)で「料理が上手」(9課問題2-3)な28歳のアメリカ人男性が来日し、コンピュータソフトウェアの会社である「IMC」で働きながら日本語を学び、さまざまな人々との触れ合いを通して夢を叶えていく姿は、日本語学習者にとっての一つのロールモデルといえるでしょう。

「学習者としてのマイク・ミラーさん」

ミラーさんは会社員ですから日本語学習に割ける時間はそれほど多くないはずです。平日は「毎朝7時に起き」て「12時に寝る」規則正しい生活を過ごしており、「土曜日の朝、図書館へ行き」(6課)勉強していることがうかがえます。

また「漢字を読むことができる」(18課)ので非漢字圏の学習者としても相当な努力をしているのでしょう。
「大学でドイツ語を勉強した」(副詞・接続詞・会話表現のまとめⅡ)経験が日本語学習に生かされているのかもしれませんし、東京へ転勤後は早めに出勤し「会社でコーヒーを飲みながら日本語の勉強」(28課問題2-3)をするなど、「時間の使い方が上手」(21課)なのです。

ミラーさんは短期的には日本語の試験での好成績を目標としています。
「英語の会話の先生になってほしい」(28課)という小川幸子さんの依頼を、仕事の忙しさとともに日本語の試験が間近であることを理由にやんわりと断っていることからもこの目標にぶれは見られません。

そして遂には忙しくてなかなか時間がとれないなかでも「スピーチコンテストで優勝」(50課)して賞金を得ます。
夢である「アフリカ行き」が叶うのです。スピーチの内容もさることながら、日本語能力も相当レベルまで向上したといえます。

「マイク・ミラーさんも普通の人間」

日本語の学習の面だけを見ると、ミラーさんは特別な人、スーパーマンだからと思われてしまうかもしれません。
しかし『みんなの日本語初級』には、ミラーさんのみならずそれぞれの登場人物の人間味を感じさせてくれる印象的なエピソードが披露されています。

例えばミラーさんも28歳の青年、女性にまつわるエピソードです。

IMC大阪の同僚、佐藤けい子さんから花見に誘われ快諾(6課)していますが、(おそらく)二度目の誘い(副詞・接続詞・会話表現のまとめⅠ)は友達との約束を理由に断っています。
これは「クラシックコンサートに誘ったものの断られた」(9課)木村いずみさんと関係があるのではないかと思われます。

IMC大阪の山田一郎さんが、木村さんを呼んだ自宅でのパーティーにミラーさんを招待する(14課問題3-2)など手助けしてくれたからか、二人で映画を見ることはできました(15課)。
その後も「初詣の写真をメール」(20課)するなどアプローチをかけていますがミラーさんは東京へ転勤することになります。

ところが「昨年の夏に英語クラスを受講したことがきっかけで木村さんとワットさんが結婚する」(41課)に至りました。
健気にもミラーさんは披露宴の席でワットさんに向けて「『すてきな人と結婚する方法』という本を書いてほしい」と祝福のスピーチを行いますが、そういえばこの前後の時期、ミラーさんは「病院で薬をもらった」(34課問題2-3)り、「ケータイを持たずに出勤した」(39課)り、「コートのボタンがとれそうだ」(43課)ったりと傷心状態でした。

それを振り切るためにも「マラソン大会に参加」(45課)したのかもしれませんが、2位という好成績にも残念がる理由が何となく頷けます。

「さまざまな顔を持つマイク・ミラーさん(と仲間たち)」

私はミラーさんに対して積極的な人物という印象を持っています。

しかし「テニス・運転・料理・サッカー・ダンスはでき」(18課)ますが「歌は上手ではない」(9課)人ですし、「山より海が好き」(12課問題2-2)で「ワイン・花・カードをプレゼントする」(24課)など各課における言動や出来事から受ける印象は人によって異なるでしょう。
実はミラーさんは旅行好きであり、とりわけ京都には思い入れがあるようで「祇園祭」(12課)、「神社への初詣」(20課)、「桜見物」(復習F)と少なくとも3回は訪れています。
「ミラーさんはいつも忙しいですね」と言う学習者も少なくありません。

学習者にとってはミラーさん以外にも印象に残る人物やエピソードはいろいろあります。
シュミットさんが帰国した(50課)ことを「仕事のストレス」(32課)が原因だと指摘する学習者もいましたし、好意を持つ同僚の渡辺あけみさんが婚約したことを知り「僕は仕事が恋人です」という名台詞を残したパワー電気の高橋透さん(47課)に対しては、思わずニヤリとする人もいれば、これを詩的な表現だと感じる人もいました。登場回数という記録よりも、記憶に残る人物だといえるでしょうか。

『みんなの日本語初級』の学習を進めていくと彼ら登場人物たちの個性が透けて見えてくるようで、多くの人々に親しまれている理由の一つではないかと思います。

「同僚との食事」(13課)、「引っ越しの際の手続き」(26課)、「友人宅への訪問」(30課)や名所旧跡での観光などミラーさんの関わる出来事に限っても日本生活で求められる知識や習慣などが学べるようになっている『みんなの日本語初級』ですが、実はなかなか個性豊かである登場人物、とりわけ主人公であるマイク・ミラーさんとともに私たち教師と学習者が作り上げていく物語ではないかと思います。

最後に21課練習B2-3「あしたは『ヨーネン』と『アキックス』とどちらが勝ちますか。」という設問(ちなみに『ヨーネン』はチョコレートの会社、『アキックス』は靴のメーカーです)、私はサッカーの試合だと解釈していますがいかがでしょうか。