にほんごの会企業組合 日本語講師 宿谷和子

はじめに
この本は『いっぽ にほんご さんぽ 暮らしのにほんご教室 初級1』の続編で、日本語を少し学んだことがある学習者を対象としています。少し学んだと言っても、地域の日本語教室では、学習者が習得している日本語の知識にばらつきがあって、教科書通りにはなかなか進まないのが現状でしょう。

私の教えてきたクラスでも、国際結婚してくだけた会話はできても、丁寧体でなかなか話せなかったり、日本滞在が長いけれど、文字が苦手でひらがな・カタカナが読めなかったり、また国で勉強したことがあって文法は知っているけれど、なかなか話せなかったりなど、いろいろな人たちがいました。

でも、日本で暮らしている学習者、特に滞在の長い人は生活の中でたくさんの日本語に接しています。生活上のいろいろな場面もたくさん経験しています。学習者の今持っている知識を引き出しながら、学習者にとって必要な生活場面にできるだけ合わせて、日本語学習支援をしていきましょう。学習者から出た発話が他の学習者の学びになることが、クラスレッスンの醍醐味でもあります。

この本は『初級1』同様、文型積み上げ型ではありますが、生活に必要な場面をたくさん取り上げています。特に29課は、外国人にとって一番関心の高い病院の場面です。今回は、子どものいるお母さんたちが多い教室での、クラスレッスン形式の教え方を考えてみましょう。

課の進め方 29課を例に
この課で扱う学習項目は、「病気・病院」に関係のある語彙と、動詞の「ない形」「~ないでください」の文型です。「病気・病院」場面の重要性を考えると、ぜひそのテーマの学習に時間をかけていただきたいと思います。例文や活動、また会話もこの「病気・病院」に関する内容になっています。

そうは言っても文法も大切な学習項目です。「ない形」は動詞のグループの見分け方にもつながる大切な動詞活用なので、おろそかにはできません。時間の限られた地域の教室では、「~ないでください」の練習を「病気・病院」のテーマになるべく合わせるようにすると、焦点の絞られた授業になるでしょう。

〇授業の最初に
まず、学習者に日本で病院へ行ったことがあるか、病気をしたことがあるか、聞いてみましょう。「病気・病院」というトピックに関心を持ってもらう目的もありますが、教師も学習者がどんな体験をしているか、知っておくことが大切です。

〇「病気のことば」を教える
教科書29課の1ページ目には、病気の症状などの絵がたくさん並んでいますが、この絵をひとつひとつ見せてください。
できれば、文字を見えないように工夫するといいでしょう。

学習者は自分の知っている言葉があれば、自発的に言おうとするでしょう。ときには、ここに書かれているものとは違う表現が出てくることもあります。
「お熱、高い」「ゲエした」「血が出た」こんな発話が出てきたら、語彙を増やすいいチャンスです。医者が子どもに対して使う言葉もありますので、大人が使う言葉と子供が使う言葉の区別をしたりしながら、病気表現を教えましょう。

21課p3の「もういっぽ」に「からだのことば」があります。これを見ながら、病気表現をもっと膨らませて練習しましょう。

「れいぶん」の医者と患者の会話は、実際の場面でも使えるように言葉を入れ替えたりしながら、ロールプレイで練習してください。

p73のイラストではいろいろな診療科を紹介しています。漢字に興味のある学習者には、漢字の読み方の練習も兼ねて下のようなカードで学習するといいでしょう。カードは点線で折り曲げ、最初はひらがなが見えないようにして、読み方を言ってもらいます。また、「病気のことば」と組み合わせて、どんなときどの診療科に行くか、考えてもらいましょう。


〇「ない形」を教える
導入:p74のノイさんが診察室でお医者さんと話している絵を見ながら、×印やジェスチャー、また「お風呂はだめです」などの言い換えで、「(お風呂に入ら)ないでください」の意味を説明しましょう。
丸い囲みの中のいろいろな行為の絵を見ながら「ビールを飲まないでください」「車の運転をしないでください」などの文を作ります。作った文を板書しておくと、このあとの「ない形」の形を考えるヒントになります。

はいらないでください
のまないでください
しないでください

27課には学習文型として「~ては いけません」があります。同じように禁止を示す表現なので、学習者から質問が出るかもしれません。「~ては いけません」の語調はとても強いこと、「~ないでください」はそれに比べるとソフトな表現であることを説明しましょう。同じ場面で医者が「~てはいけません」を使うこともできます。「~ないでください」は、行為の禁止を意味しますが、「~てください」と同様、指示や依頼の機能を持ちます。

形の説明と練習:24課に入る前に動詞のグループ分けを学習していますが、簡単に覚えられるものではないので、動詞の活用練習の度に確認することが大切です。学習者に知っている動詞を言ってもらったり、動詞フラッシュカードを見せたりしながら、その動詞をグループ別に分けましょう。ない形の作り方は、まず簡単なⅡグループから、次にⅢグループ、最後にⅠグループの順で学習します。

Ⅱグループ たべます → たべない 「ます」を取って、「ない」をつける
Ⅲグループ します → しない
(ここへ)きます → こない
2つだけ。覚える!
Ⅰグループ ます → かない
ます → すない
「ます」の前の音が、「あ」段になる。
注意! 「い」は「わ」になる。

このような「ない形」の作り方、特にⅠグループは、最初から説明せずに学習者にルールを考えてもらうといいでしょう。

活用練習:「ます形」から「ない形」を作る単純練習は、フラッシュカードや板書を見て声を出すことはもちろんですが、書く練習も大事です。ひらがなが苦手な場合は、ローマ字でもかまいません。学習者が作り方をきちんと理解しているかどうか、書かれたものを見るとよくわかります。

文を作る練習:p76のように、場面を見ながら、「~ないでください」の文を作ると楽しく練習できます。下の絵などは、下の吹き出しの中の理由の文をいろいろに変えながら作るのも楽しいでしょう。

〇問診票の活動
病院へ行くと、最初に書かされるのがこの問診票です。文字に苦手意識のある人にとっても、文字練習のいいチャンスです。簡単な言葉をひらがなで書くだけでもいいので、病気の症状について書く練習をしてみましょう。

また、インターネットで「多言語医療問診票」を検索すると、各国語に翻訳された問診票をダウンロードすることができ、実際にはそれを持って病院へ行くこともできます。このような便利な生活情報も、ぜひ学習者に教えてあげましょう。

〇「病院のことば」とかいわ
p78の会話の前に「病院のことば」の囲みがあります。ここに書いてある言葉は、病院で使われるもののほんの一部です。支援者は手持ちの保険証や診察券などを見せながら、学習者からいろいろな話や質問を引き出してください。

病院での行動の順番や振る舞い方も、学習者には自国とは違う不安があるかもしれません。
会話
(1)は初診の受付の場面
(2)は診察室の場面です。診察室での「上だけ ぬいで」「よこに なってください」などの医者の言葉も意外に難しいものですが、絵を見るとよくわかるでしょう。
(3)は会計の場面ですが、薬局に処方箋を出してもらう場合だけでなく、薬を病院でもらう場合もあります。そのようなことも話題にして学習者と話すといいでしょう。

最後に
最近、「生活者としての外国人のための日本語教育」について盛んに言われています。日本で生活する上で、特に医療、災害や事故のときの日本語などは、命に係わる大切なものです。この教科書では全部のトピックを取り上げることはできませんでしたが、例文や「はなしましょう」「かつどう」、会話などで少しずつ触れています。もし見つけたら、ぜひ話題にして学習者と話し合ったり、その地域の情報などを教えてあげてください。

また、文法・文型の学習も大切です。この本では、学習者の負担をなるべく少なくするように、文法項目を絞って楽しく学習できるように工夫しました。生活場面やトピックを取り上げる中で、文法も合わせて教えられることが理想ではないでしょうか。「生活者としての日本語学習支援者」としてどんなことができるか、ご一緒に考えていきましょう。